2015年12月19日 土曜日

2015.12.19 Saturday

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    わたしには被写体というものがないことに気づく。

    ファイ
    ンダーのこちら側と向こう側という境界もない。

    だから何
    かと対峙(たいじ)して撮影するということがないように感じています。

    何かと向き合うことはあってもその「向き
    合い/出会い」の全体として自分自身も一体化してしまうようです。

    そのような全体としての体験の記憶として(あ
    るいは記録として)わたしにとっての写真はあるようです

    芸術表現からは遥か遠くにあるのかも知れません。

    しかし、自
    分の凡庸な感性や稚拙な技術を勘案すると個人的にはそれでいいのだと思っています。

    インドの聖人の言葉に「花を観るものはやがて花そのものになる」という言葉があります。

    そこでは認識する者(リシ)、認識される者(チャンダス)、認識のプロセス(テヴァタ)は三位一体であるといわれます。

    認識とはそのようなもの(すなわちサンヒター)であると個人的には考えています。

    表現を変えるならば、写真撮影は「認識」のプロセスのひとつであるといっても良いのかも知れません。

    2015年12月19日 土曜日

    from 蓼科高原ペンション・サンセット